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静岡地方裁判所 昭和63年(ワ)339号 判決 1989年2月21日

原告

金井秀子

被告

室伏好平

主文

一  被告は、原告に対し、金九七七万七七七六円及びこれに対する昭和五九年二月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告その余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一九〇五万二七七二円及びこれに対する昭和五九年二月四日から支払いずみまで年五分の割合により金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

左記交通事故(以下「本件事故」という。)により、原告は、後記傷害を受けた。

(一) 日時 昭和五九年二月四日午後五時三〇分ころ

(二) 場所 静岡市小黒三丁目六番一六号地先道路(以下「本件道路」という。)

(三) 加害車 被告所有の普通乗用自動車

(四) 右運転者 被告

(五) 事故の態様 加害車が本件道路を大坪町方面から豊田方面に進行中、加害車の先行車を追越す際、折から本件道路を豊田方面から大坪町方面に原動機付自転車で進行してきた原告にその前部が衝突した。

2  責任原因

(一) 被告は、本件事故直前に他の自動車と接触事故を起こしその現場から逃走するために本件道路を制限速度時速三〇キロメートルを約三〇メートルうわまわる時速約六〇キロメートルで進行してきたのであるが、前方に先行車があり見とおしがきかない状態であつたのであるから、対向車両がないことを十分確認するまで追越しを控えて対向車両との衝突を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、逃走することのみに心を奪われ、右前方の安全を確認しないまま前記速度で追越した過失により、対向して原動機付自転車で進行してきた原告に加害車前部を衝突させたものであるから、民法七〇九条により原告に生じた損害を賠償すべき義務を負う。

(二) 被告は、加害車を所有し、これを自己のため運行の用に供していたのであるから、自動車損害賠償保障法三条本文により原告に生じた損害を賠償すべき義務を負う。

3  傷害

原告は、本件事故により、左膝複合靱帯損傷、左膝腓骨中枢端骨折、左第五中手骨骨折、左眼瞼裂創、網膜出血等の傷害を受け、昭和五九年二月四日から同年七月二八日までの一七六日間入院治療をし、その後昭和六一年三月二八日まで通院治療をした(通院実日数三二三日)。

原告は、本件事故により、現在左膝関節に機能障害が残り、走ることができないほか、少し歩行すると疼痛が生ずるという状態であり、左眼についても日光等により涙が出てくるという状態である。

4  損害

(一) 治療費 金三四一万二〇〇五円

(二) 入院付添費 金七〇万四〇〇〇円

ただし、一日当り金四〇〇〇円の一七六日分

(三) 入院雑費 金二一万一二〇〇円

ただし、一日当り金一二〇〇円の一七六日分

(四) 通院交通費 金一四六万七〇九〇円

(五) 器具購入費 金二万九五六〇円

(六) 休業損害 金三二四万三三九七円

ただし、原告が得ていた年収金一五一万円を基礎に昭和五五年二月四日から昭和六一年三月二八日までの七八四日間につき計算した。

(七) 後遺症による逸失利益 金一二六三万九四九五円

原告は、本件事故当時二九歳(昭和二九年六月六日生)で、前記後遺症固定時の昭和六一年三月から三六年間(六七歳まで)稼働可能であり、その間女子労働者の平均程度の収入金二三〇万八九〇〇円(昭和六〇年度賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模計学歴計による女子労働者の平均年収額)を上げえたところ、前記後遺障害によりその収入の少なくとも二七パーセントを喪失したものであり、その逸失利益を新ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して本件事故当時の原価に引き直すと金一二六三万九四九五円になる。

2,308,900円×0.27×20.275=12,639,495円

(八) 慰謝料 金八〇〇万円

本件事故の原因、前記入院の状況及び後遺傷害の程度を考慮すると、原告の本件事故による肉体的、精神的苦痛に対する慰謝料として金八〇〇万円を相当する。

(九) 弁護士費用 金二〇〇万円

原告は、原告訴訟代理人に本件損害賠償手続を依頼し、その弁護士費用として金二〇〇万円を支払う旨約した。

5  損益相殺

原告は本件事故に関し自動車損害賠償責任保険等から金一二六五万三九七五円受領し、前項の損害に充当した。

6  よつて、原告は、被告に対し、第四項記載の損害合計金三一七〇万六七四七円から第五項の受領金を控除した金一九〇五万二七七二円及びこれらに対する昭和五九年二月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する答弁

1  請求原因1は認める。

2  同2は認める。

3  同3は認める。

4(一)  同(一)の治療費は認める。

(二)  同(二)の入院付添費は争う。

(三)  同(三)の入院雑費は争う。

(四)  同(四)の通院交通費は認める。

(五)  同(五)の器具購入費は認める。

(六)  同(六)の休業損害は争う。原告の年収は一五一万円ではなく、一三五万一八八〇円である。

(七)  同(七)の後遺症による逸失利益は争う。

原告の昭和五八年度収入は、前記のとおり一三五万一八八〇円で、かつ、原告は昭和五五年より本件事故まで継続して同一企業静岡市瀬名文具事務用品のイケダに勤務していたものであるから、逸失利益の算出に当たつては当然実収入を基礎とすべきであつて、賃金センサスを用うべき特段の事情が無いのにそれを基準とするのは妥当ではない。

また、原告の計算は終生二七パーセントの減収が継続するとの前提に立つているもののようであるが、本件程度の機能障害後遺症であれば、数年ないし一〇年程度でその障害は消滅するものと考えられるので、原告の請求は妥当ではない。

(八)  同(八)の慰謝料は争う。

(九)  同(九)の弁護士費用は争う。

5  同5は争う。

原告か受領した金額は、一二六五万四〇三五円である。

6  同6は争う。

三  過失相殺の抗弁

1  本件交通事故の発生した道路は、幅員八・〇五メートルでその中心は四・〇二五メールである。しかるに、原告は、自己進行方向左側端車道から四・八メートルも内側を進行し、衝突地点においても四・五メートルも内側で明らかに右側通行をしている。道路交通法一七条四項によれば、いわゆるセンターラインは、それがひかれている場合には、そこが道路の中央でなくとも道路の中央として取り扱うということであつて、それがない時は、本来の中央から左部分を通行しなければならないとしているもので、センターラインの有無には関係ない。

2  したがつて、本来ならば原告の過失は一〇〇パーセントとすべきところであるが、被告にも原告指摘の過失があること、さらに本件道路の東西に続く道路の幅員が狭いため、本件広い道路に入つても従来のままつい道路中央を走行するものが少なくないこと等を考え、少なくとも過失相殺二〇パーセントを主張する。

四  過失相殺の抗弁に対する答弁

1  本件道路は、衝突地点前後においては幅員(車道)八・〇五メートルであるが、それは衝突地点の西側にある丁字交差点(衝突地点から約一〇メートル前後の位置にある)から衝突地点東側約四〇メートルの約五〇メートル間の部分だけであり、その両側はいずれも幅員約四・七メートルである。そして、右幅員の変化は東西いずれも道路南側部分において広くなつているものであり、道路北側部分は幅員の変化がなく直線である。それ故、本件道路は北側から約二・三五メートルの部分が東進する自動車等の車線として利用され、それより南側部分五・七メートルは西進する自動車等の車線として利用されていたものである。そして、西進する原付自転車は、原告と同様に、本件衝突地点前後においては、それまで走つてきた幅員四・七メートル道路と西側丁字路交差点の先の幅員四・七メートル道路の南側端部分を結んだ線上(幅員八・〇五メートル道路部分ではその中央付近)を進行していたものである。これは本件道路のような場合の通常の進行方法であり何ら過失云々と言われるべきものではない。

2  また、本件衝突地点前後で原付自転車が本件道路の中央付近を進行することは、前方道路に至る距離との関係でも適当である。なぜなら、本件衝突地点から約一〇メートルで前記丁字路交差点に至るのであり、そこからは南側車線において段差の形で幅員が狭くなつているのであるから、その南側端を原付自転車が進行するためには遅くとも本件衝突地点手前において前方道路の南側端の延長線上にあたる本件道路の中央付近を進行しなければならないのは当然だからである。本件道路の制限速度の時速三〇キロメートルで計算すれば一〇メートル先の丁字路交差点まで原付自転車は一秒余で到達してしまうのであり、本件衝突地点手前で前方道路南側端の延長線上を進行していなければならないのは当然である。

3  よつて、原告には過失は全くない。

五  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1ないし3はいずれも当事者間に争いがないから、被告は、民法七〇九条及び自動車損害賠償保障法三条本文により、原告が本件事故により被つた損害を賠償すべき義務があるというべきである。

二1  そこで、原告が被つた損害について判断する。

(一)  治療費 原告が治療費として金三四一万二〇〇五円を支出したことは当事者間に争いがない。

(二)  入院付添費 原告が本件事故により一七六日間入院したことは当事者間に争いなく、原告の前記傷害の内容と程度からすれば付添を必要としたものと推認されるが、それによる損害は、一日当り金四〇〇〇円として合計七〇万四〇〇〇円と認めるのが相当である。

(三)  入院雑費 弁論の全趣旨によれば、原告は、入院期間中一日当り金一二〇〇円を下らない雑費を支出したものと認められ、これによる損害は金二一万一二〇〇円となる。

(四)  通院交通費 原告が通院のための交通費として金一四六万七〇九〇円を支出したことは当事者間に争いがない。

(五)  器具購入費 原告が歩行器具購入のため金二万九五六〇円を支出したことは当事者間に争いがない。

(六)  休業損害 成立に争いない甲第一五号証、同第一六号証の一ないし四、同第一七号証の一ないし三、乙第一号証の一、二、同第二四号証に原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、昭和四五年三月清水第四中学校を卒業した後歯科医院の助手をしながら看護学校に通い、その後は主として静岡や名古屋の歯科医院等に勤務していたが、昭和五八年に夫と離婚した後は印刷・事務用品を取扱うイケダに勤務する傍ら夜間は静岡市内のスナツクでホステスとして働き、昭和五九年当時年間約一五一万円の収入を得ていたこと、しかし本件事故による入院・通院等のため昭和五九年二月四日から昭和六一年三月二八日まで欠勤せざるを得なくなつたことが認められ、右認定に反する証拠はないから、原告は、その間原告主張のとおり金三二四万三三九七円の損害を被つたものと認めるのが相当である。

(七)  逸失利益 成立に争いない甲第一三号証に原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告(昭和二九年六月六日生)は、前記のとおり入通院して治療を受けたが、昭和六一年三月二八日左膝変形性関節症の後遺症(一〇級一一号該当)を残して症状が固定し歩行に障害があるため、現在は解体屋をしている父の事務を手伝つていることが認められ、右認定に反する証拠はない。

右の認定事実によれば、原告は、六七歳に達するまでの三六年間を通じて昭和五九年当時の収入の二七パーセント程度の収入の減少があるものと認めるのが相当であるから、ライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除してその逸失利益を算定すると、次の計算式のとおり合計金六七四万五八〇四円となる。

1,510,000円×0.27×16.546=6,745,804円

(八) 慰謝料 原告の前記障害ないし後遺障害の内容、程度、入通院の状況等諸般の事情を斟酌すれば、原告の本件事故によつて被つた肉体的、精神的苦痛に対する慰謝料としては金八〇〇万円をもつて相当する。

(九) 過失相殺 成立に争いない乙第五ないし第二三号証と原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故が発生した道路の幅員は八・〇五メートルでその中心は四・二五メートルであるにもかかわらず、自己進行方向左側端車道から四・八メートルも右側の反対車線側を原動機付自転車に乗つて進行していたことが認められ、右認定に反する証拠はないから自車進行先十数メートルの地点で道路の幅員が四・七メートルに狭くなつていたとしても、原告に過失あるものというべく、一割の過失相殺をするのが相当である。

(一〇) 弁護士費用 弁論の全趣旨によれば、原告は、原告訴訟代理人弁護士に対し本訴の提起と追行を委任し、その着手金及び報酬として相当額の金員を支払いあるいは支払う旨約したものと推認されるが、本件事案の内容、訴訟の経過、認容額等諸般の事情を斟酌すれば、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用の損害としては金一〇〇万円をもつて相当と判断する。

2  以上のとおり原告の損害は、合計金二二四三万一七五一円であるところ、原告が本件事故による損害額の内払として金一二六五万三九七五円を受領したことを自認するから(内払が金一二六五万四〇三五円と認めるに足りる証拠はない。)、結局原告が被告に対し支払を求め得べき損害は合計金九七七万七七七六円となる。

三  よつて、原告の本訴請求は、被告に対し、金九七七万七七七六円及びこれに対する昭和五九年二月四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを正当として認容するが、その余は理由がないから、これを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 塩崎勤)

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